足立朝日

掲載:2017年5月5日号
車検場通り沿いに、住宅の狭間に建つ小さな神社がある。車の通りが多い通り沿いにあるのだが、注意していないと見過ごしてしまいそうなほど。 (さらに…)
掲載:2017年4月5日号
荒川土手に近い日ノ出町団地の裏通りに、五穀豊穣の神様「倉稲魂神」が祀られている小さな神社がある。 (さらに…)
掲載:2012年9月5日号
西新井本町1‐17‐32
9月9日(日)に30年ぶりの6町会連合渡御


 今回は、西新井大師そばの「氷川神社」を紹介。環七通りに面し、毎日午前6時~午後5時、拝殿が開けられている。今年は、3年に一度の本祭りが開催される。 (さらに…)
掲載:2012年8月5日号
綾瀬1‐34‐26

 今回は、綾瀬プルミエ横の「綾瀬神社」を紹介。661㎡の広さの境内に新しい木造の社殿が建つ。3年前に創建350周年を迎え、その年の記念大祭には歌手・島倉千代子を呼び、賑わった。 (さらに…)
掲載:2012年7月5日号
鹿浜3‐12‐3

 今回は、「天祖神社」の紹介。区の無形民俗文化財に指定されている「鹿浜の獅子舞」が奉納される神社の一つだ。同社は古内(ふるうち)神明の名で親しまれ、神社前の商店街は同社名から(鹿浜)神明通り商店街と名付けられている。 (さらに…)
掲載:2012年6月5日号
宮城1‐38‐6

 今回は、江北橋のそばにある「宮城氷川神社」をご紹介。同社は宮城公園と隣接しているため、天気の良い日などは地域の親子連れが訪れる憩いの場にもなっている。管理は、江北氷川神社の八木冨美子宮司が兼務。 (さらに…)
掲載:2012年5月5日号
東和3‐2‐13

 今回は、春の桜がきれいな東和3丁目にある「蒲原神社」をご紹介。同社は、例大祭の時に奉納される足立区無形文化財の〝蒲原囃子〟があることでも知られている。 (さらに…)
掲載:2012年4月5日号
興野2‐1‐4

 今回は、本木新道から少し入った住宅街の一角にある「興野神社」を紹介。同社は、昭和50年(1975)に保存樹に指定された区内最大のイチョウがある神社だ。梅田稲荷神社の戸田和彦宮司が管理していて、広い境内には興野児童遊園が併設されているため、子どもたちの遊び場にもなっている。 (さらに…)
掲載:2012年3月5日号
神明1‐1‐8

今回は、綾瀬川にかかる内匠(たくみ)橋の東に鎮座する氏神様「赤稲荷神社」を紹介。同社は、その名の通り赤い色をした木造の社殿がある神社だ。現在の社殿は2代目で、かつて屋根も赤く塗られていたことから「赤稲荷」と呼ばれるようになった。花畑の大鷲神社の濱中厚生宮司の兼務社で、交通量の多い道路に面して小さな鳥居が、内側に大きな鳥居が立つ。祭神は蒼稲魂命(ウカノミタマノミコト)。例祭日は2月の初午日で、濱中宮司を迎えて家内安全と商売繁盛の祈祷神事が催される。 (さらに…)
掲載:2012年2月5日号
六町1‐11

 今回は、現在区画整理真っ最中の六町地域の氏神様「六町神社」を紹介。同社は、平成21年(2009)に区画整理事業により新築されたばかりのきれいな神社だ。以前の場所から700mほど離れたが、地域の人たちにとって大事な場所、移築して縮小しないようにと土地を寄付し合い約70坪広い174坪の神社になった。ご祭神は伊邪那岐命(イザナギノミコト)、伊邪那美命(イザナミノミコト)、天照皇大御神(アマテラスノオオミカミ)、誉田別命(ホンダワケノミコト)。例祭日は9月15日。
 同社は三峰様とも呼ばれ、もともと六月村の出である清水家の屋敷神だった。六町は、竹塚村と六月村の飛び地で、三峰様と同時にそれぞれ竹塚神社、八幡神社を崇拝していた。南足立郡が東京市に併合されたのを機会に、昭和8年(1933)年、三社を合祀し六町神社が誕生した。
 境内には、寛政5年(1793)と刻まれている庚申塔や、綾瀬川の新加平橋上流で発見された地蔵の頭部などがある。この頭部は、同橋下流から発見され、現在加平1‐2‐37の道路脇に置かれている「えぼ地蔵」の頭ではないかと考えられている。
【問合せ】TEL3886・0296唐松宮司
【交通】つくばエクスプレス「六町駅」より徒歩約3分

写真上/広々とした六町神社(右が社殿、左は社務所)
下/中央が「えぼ地蔵」の頭部
掲載:2012年1月5日号
西新井2‐27‐1

 今回は、西新井にある「雷神社」を紹介。約504㎡の小さな神社の隣には「いかづち公園」が隣接している。同社は、梅田稲荷神社の戸田和彦宮司の兼務社で、昭和5年(1930)建築の木造造りの社殿が参拝客を出迎える。ご祭神は大雷神(オオイカヅチノカミ)。例祭日は9月15日(本祭りは3年に一度で来年が本祭り)。 (さらに…)
掲載:2011年12月5日号
千住元町33‐4

 今回は、千寿七福神(8面参照)の寿老人が祀(まつ)られている「元宿神社」のご紹介。ご祭神は誉田別命(ホムタワケノミコト)、倉稲魂命(クライナタマノミコト)。例祭日は9月15日。 (さらに…)
掲載:2011年11月5日号
堀之内1‐7‐4

 今回は、堀之内の鎮守である「堀之内氷川神社」を紹介。同社は、首都高下を走る土手下通りに面し、真言宗のお寺・不動院と日本有数の顔料メーカー大日精化㈱に挟まれた場所にある。 (さらに…)
掲載:2011年10月5日号
綾瀬2‐23‐14

 ご祭神は菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)、宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。創建は室町時代の永正元年(1504)。例祭日は10月1日(本祭りは4年毎、昨年が本祭り。次は平成26年)。古くは「天神社」と呼ばれていたが、「稲荷社」と合祀(ごうし)した際に「北野神社」と名称を変え、今に至る。 (さらに…)
掲載:2011年9月5日号
栗原2‐1‐19

ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)、誉田別命(ホンダワケノミコト)、天照大神(アマテラスオオミカミ)。創建は明らかではないが、神社の宝物から察するに天正2(1574)年以前ではないかと考えられている。 (さらに…)
掲載:2011年8月5日号
花畑5‐10
 ご祭神は木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)。創建は不詳だが、鳥居の年代や伝承から明治初年頃と考えられている。当時、この地域は見渡す限り田んぼ(野良)であったことから「野良浅間」とも呼ばれている神社だ。 (さらに…)
掲載:2011年7月5日号
谷在家2‐16‐17
  ご祭神は磐筒男命(イワツツオノミコト)、赤城姫命(アカギヒメノミコト)。創建は明らかではないが、宝永年中(1704~1710年)に谷在家の草分けの家と称される浅香家が、その屋敷神の土地を寄進、村の鎮守としたと伝えられている。 (さらに…)
掲載:2011年6月5日号
佐野1‐14‐15
 ご祭神は宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。佐野新田を開拓した人々が、京都の伏見稲荷神社から佐野に勧請したと伝えられている。
 同社は中川に面していて、堤から降りて鳥居・拝殿へ向かうという珍しい形で建っている。なぜか? 実は以前は河川敷に建っていた。しかし、1896(明治29)年の台風被害で東京の多くの家屋が浸水。それを受け、河川敷内の建物を禁止する河川法が制定。同社も移動することになり、1921(大正10)年に佐野家と柴田家が今の土地を提供して遷宮した。 (さらに…)
掲載:2011年4月20日号
扇2‐9‐3
 ご祭神は大山津見命(オオヤマツミノミコト)。創建は慶長年間(1596~1614年)。
 小田原北條氏の元家臣だった阿出川権左衛門知康が、この地に来て本木村の太田(おおだ)を開拓した時、崇敬していた三嶋大明神を勧請(かんじょう)したと言われている。同社は、太田と東高野(扇2、3丁目の一部)の人々の鎮守として祀られてきた。 (さらに…)
掲載:2011年3月20日号
竹の塚6‐12‐1
 竹の塚東口商店街(竹の塚一番街)の一角にある神社。創建は天元年間(978~983年)。伊勢神宮より祭神の神霊を分けたものを移し鎮座した。例祭日は9月17日(大祭は5年に一度、昨秋大祭、次は平成27年)。2月17日に春祭祈年祭、11月23日に新嘗祭(になめさい)などが行われる。 (さらに…)
掲載:2011年2月20日号
梅田6-28-8
 今回紹介する「佐竹稲荷神社」は、普通の神社とは違う。この場所は江戸時代の秋田藩主だった佐竹氏の抱屋敷(※かかえやしき)があった所で、その屋敷の鬼門除(よ)けに、江戸時代の1797(寛政9)年に神社をお祭りした。現在は、屋敷守をしていた三谷家が神社をお守りしている。 (さらに…)
掲載:2011年1月20日号
青井1‐16‐13
 今回は、区内で唯一の「愛宕神社」を紹介。京都市の愛宕山山頂に総本社がある。御祭神は、火産霊命(ホムスビノミコト)=火の神様・エネルギーの源の火を司る産業技術の神様、罔象女命(ミズハノメノミコト)=水の神様・農業や商業を司る神様、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。 (さらに…)
掲載:2010年12月20日号
千住3‐22
(さらに…)
掲載:2010年11月20日号
綾瀬4‐9‐9
氏子=綾瀬、西綾瀬の各一部町会の皆さん

(さらに…)
掲載:2010年10月20日号
花畑7‐16‐8
氏子=花畑、南花畑の皆さん


 今回は、酉の市発祥の社(やしろ)と言われている「大鷲神社」を紹介。御祭神は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。 (さらに…)
掲載:2010年9月20日号
島根4‐25‐1
氏子=島根、梅島、梅田、六月の一部や近郷、近在の皆さん


 島根の鎮守「鷲神社」。ここの御祭神は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、誉田別命(ホンダワケノミコト)、国常立命(クニトコタチノミコト)。文保2(1318)年中興と伝えられている。例祭日は9月17日に近い日曜日、今年が例大祭で、9月12日(日)に行われた。次は4年後。 (さらに…)
掲載:2010年8月20日号
西保木間1‐11‐4
氏子=西保木間、保木間1~5丁目の一部町会ほか近隣の他町会の皆さん


 渕江小学校の隣に緑生い繁る神社がある。ここ保木間氷川神社は、須佐之男之命(スサノオノミコト)、豊受姫命(トヨウケヒメノミコト)、菅原道真(スガワラミチザネ)をご祭神として祀っている。 (さらに…)
掲載:2010年7月20日号
梅田5‐9‐5
氏子=梅田3~8丁目、関原の梅田稲荷町会と梅田正和町会の皆さんほか


 ご祭神は宇迦之御魂之命(ウカノミタマノミコト)、創建は不詳だが、鳥居をくぐったすぐ右にある盥漱石(※かんそうせき)には文久元(1861)年の刻印がある。例祭日は9月9日(大祭は3年に一度で、今年が例大祭)で、2月には総代会主催の節分祭が行われる。 (さらに…)
掲載:2010年6月20日号
足立3‐28‐13
氏子=足立2~3丁目の足立西町会と足立東町会、西綾瀬町会の皆さんほか


 ご祭神は宇迦之御魂之命(ウカノミタマノミコト)、須佐之男之命(スサノオノミコト)=本殿、菅原道真命(スガワラミチザネノミコト)、水波能売命(ミズハノメノミコト)、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)=末社・三社殿、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)=末社・浅間神社。 (さらに…)
掲載:2010年5月20日号
江北2‐43‐8
氏子=扇2丁目、江北1~2丁目の下沼田町会の皆さんほか


 ご祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)、奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)、大己貴命(オオナムチノミコト)、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、伊邪那美命(イザナミノミコト)、淤母陀琉命(オモダルノミコト)。 (さらに…)
掲載:2010年4月20日号
六月3‐13‐19
氏子=六月1~3丁目の六月町会の皆さん



ご祭神は誉田別命(ホンダワケノミコト)。
 〝一茶の寺〟で有名な炎天寺の隣にある神社。創建は不詳。例祭日は9月15日(大祭は6年に一度、次は平成27年)。その他4月29日に湯の花祭り、11月23日に新嘗祭(にいなめさい)を行う。 (さらに…)
掲載:2010年3月20日号
入谷1‐11‐13
氏子=入谷1丁目の入谷町会


 ご祭神は菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)。入谷町の住宅街に囲まれた神社。創建は不詳だが、神社には嘉永6年(1853年)正月の銘がある幟(のぼり)が保存されている。京都市の北野天満宮が総本社。例祭日は1月と10月の25日。 (さらに…)
掲載:2010年2月20日号
西新井4‐35‐1
氏子=西新井3丁目の伊興南町会、西新井4丁目諏訪木町会




 ご祭神は、建御名方命(タケミナカタノミコト)。 (さらに…)
掲載:2010年1月20日号
伊興2―12―22
氏子=伊興2~4丁目の中央町会




ご祭神は誉田別命(ホンダワケノミコト=応神天皇)。
 創建は不祥。八幡神は日本独自で信仰される弓矢神、武神。「八幡」の文字が初めて出てくる「続日本紀」天平9年(737年)で、読み方を「ヤハタ」と訓読みされていたが、神仏習合して仏者の読み「ハチマン」の音読に変わったと考えらている。
(さらに…)
掲載:2010年1月20日号
入谷2―25―5
氏子=入谷全域



 ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)
 社殿の土台となっているのは白幡塚古墳といわれ、徳川幕府により編纂された『新編武蔵風土記稿』の入谷村の項によると、当時(文政5年・1822年頃)墳頂に祀られていたのは氷川神社ではなく、八幡社であったという。その後、鎮守を持たなかった入谷村の村人が「入谷村にも鎮守を」という事で氷川神社を勧請し、祀るようになったと伝えられている。 (さらに…)
掲載:2009年12月20日号
舎人5―21―34
氏子=舎人全域


 ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)。
 創建は不祥だが、正治2年(1200)鎌倉時代の初期に埼玉県・大宮の氷川神社より勧請し祀ったと伝えられている。総けやき造りの本殿は、天保7年(1836)に造られたもので、足立区登録有形文化財に指定されている。

 拝殿の奥の本殿は、文化財保護のため普段は金網越しにしか見ることが出来ない。柱と壁面には見事な彫刻が施され、登龍、降龍、八岐大蛇退治、天の岩戸開き、天孫降臨の様子が浮彫りになっている。次回公開は3月28日(日)午前10時~午後2時の予定。詳細はTEL3880・5984区文化財係。
(さらに…)
掲載:2009年12月20日号
古千谷本町2―2―6
氏子=古千谷全域


  ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)。
 創建は不祥。古千谷村の鎮守で、舎人村大字古千谷村の村社だった。現在は9月15日に近い日曜に、1年おきに神輿が繰り出され祭りが行われている。
 境内神社は北野神社(八意思兼神・ヤゴコロオモイカネノカミ、菅原道真公)と諏訪神社(大己貴神・オオアナムチノカミ、少彦名命・スクナビコナノミコト、建御名方命・タケミナカタノミコト)。

古くから地域を見守る古千谷氷川社
掲載:2009年11月20日号
東伊興2-12-4
氏子=伊興全域




 ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)、大己貴命(オオナムチノミコト)、櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)。
 足立区最古の氷川社で、足立区登録記念物となっている。往古、淵江領の総鎮守で、江戸期に村々の開発が進むとともに各地にも鎮守が祀られ、同社は伊興、竹塚、保木間3村の鎮守となり明治5年から伊興村の村社となった。
(さらに…)
掲載:2009年11月20日号
千住大川町49―8
崇敬神社


 

ご祭神は保食神(ウケモチノカミ)。
 大正11年、当時は元宿といわれ新町会という140人ほどの町会があった。同町会の有志が、付近で火災が多く続いたのを憂えて、箭弓(やきゅう)稲荷神社講を設立。
(さらに…)
掲載:2009年10月20日号
千住宮元町24―1
氏子=宮元町、千住1・2丁目、中居町、龍田町、寿北町、寿南町、柳町、緑町、梅田八千代自治会



 ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)、宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。
 千住(千寿)に集落が形成され始めた延長4年(926)に土地鎮護・五穀豊穣を祈り、稲荷神社を創立。弘安2年(1279)同所に氷川神社を建立し、明治6年(1873)6月に両社を合祀。西森神社と改め、同年7月に足立区内唯一の郷社と定められた。大正4年(1915)12月、御社号を千住神社と改めた。現在でも氏子外、区外の多くの人の崇敬を集めている。
(さらに…)
掲載:2009年9月20日号
千住河原町10―13
氏子=千住河原町 千住市場守護神


 ご祭神は倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
 創建は不祥。安永5年(1776)本殿遷宮、文化元年(1804)拝殿が造営された。河原町の鎮守様であり千住市場の守護神。

 










(さらに…)
掲載:2009年8月20日号
千住橋戸町53
氏子持たず 崇敬神社




 ご祭神は大物主命(オオモノヌシノミトコ)、安徳天皇、倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
現東京都中央卸売市場足立市場の敷地内にある。縁起碑によると、大正12年9月関東大震災直後、東京府北豊島郡南千住町字汐入、千住鮮魚販売所の設定により大正10年3月伏見稲荷神社より分霊を戴き、千潮稲荷神社の尊称となし、同所の守護神としてお祀り。 (さらに…)
掲載:2009年8月20日号
千住4―31―2
氏子=千住4丁目




 ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)。
 元禄4年(1691年)の創建と伝えられる。明治維新政府の神仏分離政策により、本地仏の魚籃観音は隣接する別当寺の長円寺に移された。
(さらに…)
掲載:2009年7月20日号
千住橋戸町25
氏子=千住橋戸町




 ご祭神は倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
 境内の縁起碑によると、延長4年(926)に創建された。はじめは千住の渡し場のほとりの小高い丘に小さな社が造られ、土地の開拓農民や荒川の上流から江戸に荷物を運ぶ船頭たちの信仰を集めた。
 本殿は延徳2年(1490)、拝殿は文久2年(1862)に建立された。安政6年(1859)に本殿再建。本殿は区内唯一の土蔵造りで足立区登録有形文化財となっている。 (さらに…)
掲載:2009年6月20日号
千住宮元町3―8
氏子=千住宮元町




 ご祭神は誉田別命(ホンダワケノミコト)、別名「八幡の皇子」と号し、後に第15代応仁天皇として即位。
 前9年の役(1051年~62年)で源義家が奥州(現東北地方)征伐に赴く際、渡裸(とら)川の渡し場(現千住大橋川上200m位の所)に白幡を立て戦勝祈願をした。その白幡が名称の起源とされ祀られることとなった。 (さらに…)
掲載:2009年5月20日号
千住大川町12―3
氏子=千住5丁目、千住大川町



参道から拝殿、保存樹が多く繁る

 ご祭神は素盞鳴尊(スサノオノミコト)、倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
 創建は不詳。明治維新前は安養院別当であったが神仏分離で現在のような神社になった。 (さらに…)
掲載:2009年4月20日号
梅島2―24
氏子=中央本町1~5丁目、梅島1、2丁目




ご祭神は倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)。
 創建は武州足立郡淵江領新田村小右衛門稲荷大明神縁起によると、およそ600年前。 (さらに…)
掲載:2009年3月20日号
千住仲町48―2
氏子=千住仲町、千住東1・2丁目、千住関屋町


上=拝殿  下=欅造りの本殿
 ご祭神は素盞鳴尊(スサノオノミコト)。創建は不祥だが、901~922(延喜年間)に始まったとも言われる。1598年(慶長3年)に石出掃部亮吉胤(いしでかもんのすけよしたね)が開拓し、1616年(元和2年)荒川水防堤(掃部堤)を造る時に、敷地内にある神社を現在地に遷宮し、社殿を建て、改めて武蔵国一の宮氷川神社(現さいたま市大宮区高鼻町)の分霊を勧請してこの地の鎮守とした。 (さらに…)
掲載:2009年2月20日号
柳原2-38-1
氏子=柳原1・2丁目
通称=柳原稲荷神社



 ご祭神は宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)。創建は不詳だが社伝では、1606年(慶長11年)徳川家康公が当地を訪れ、楊柳が繁って青々としている様子を見て皇朝の鬼門鎮守として比叡山延暦寺を建立したのに擬して、江戸城の鬼門除けとして創建させたと伝えられる。 (さらに…)