足立朝日

NPO法人千住文化普及会・NPO法人 芭蕉翁おくのほそ道ネットワーク理事長 櫟原 文夫さん(59歳)

掲載:2010年12月5日号
千住川原町在住

千住のまちの歴史と誇りを伝えたい


 喫茶店のマスターのような風貌と穏やかな語りで、千住の歴史と文化を広める活動を次々とやってのける。これまで、他団体と協力し、足立市場そばの芭蕉像設置に尽力、今年は龍馬の許婚・千葉さなの灸治院跡地に、説明板を設置した。
 生まれも育ちも千住だが、歴史に興味を持つようになったのは40代の頃。そば屋を営んでいた当時、人と話をするうちに、「千住はどんなところだったんだろう」と歴史を振り返るようになったという。
 近所の千住大橋が、日光街道を渡すためにかけられ、宿場が生まれたことを知った。「この橋が千住の生みの親だったんだな、とわかった」。伝説だと思われていた、伊達政宗寄進の高野槙(こうやまき)で作られたという橋脚が、工事中に川の中から発見。その時の感動と興奮が、櫟原さんを千住の虜(とりこ)にした。千住大橋の橋材で彫られた富岡芳堂の貴重な彫刻が、子どもの頃から家にあったのも、縁かもしれない。
 千住から旅立った芭蕉を追って、おくのほそ道を調べるようになってからは、外部との交流により千住の価値を再認識。地元の人が千住の文化を知らないという現実を前に、05年にNPOを設立した。今は都の観光プランナー塾で学んだことを生かして、千住の史跡案内や、ガイド養成講座を年1回開き、歴史文化解説員を育てている。
 「今、いろいろな事件が多いのは自分の心のふ
るさとを描けないから」と櫟原さんは考える。ゲームやテレビばかりに向き合っている今の子には、地域との触れ合いが少ない。「塾、習い事、家、直線的な関係ばかりで、平面の繋がりがない。近所の目、自分のまちの文化や自分の家の誇りを考えたら、犯罪はできない」
 「千住のまちを自慢できる子になってほしい」との思いから、小学校で千住の歴史を講義し、大きな手応えを得た。驚きや喜びを素直に綴った子どもたちの感想文は「おれの財産」と微笑む。
 「おれみたいな人間が、なんでこんなことになっちゃったかなぁ」。予想外の発展を続ける活動に、人の縁の不思議さを思う。「全部千住のおかげ。同好の士と話すのが、すごく楽しい」
 千住を大切に思う小さな積み重ねが、知識と人材という何にも代えがたい財産を、櫟原さんの中に築き上げている。