足立朝日

(有)大塚竹管楽器 代表取締役・取締役 笛師 大塚 義政さん(63)・敦さん(34)

掲載:2012年10月5日号
入谷7丁目在住
祭りがある限り作り続ける


 日本の祭りや伝統芸能に欠かせない篠笛。その心弾むお囃子(はやし)の主役が、9月、アトリウムコンサートでフルート奏者の大橋弘美さんによって、繊細な音色を人々の胸に響かせた。
 その笛を製作したのが、大塚竹管楽器。ここで作られる獅子田(ししだ)流篠笛は全国の有名な祭りの数々で使われ、足立ブランドにも認定されている。注文は年間数千本にもなり、秋祭りを前に8~9月は多忙を極めた。
 初代が初代中村甚五郎の下での修業後、蔵前に製作所を開いたのが大正13年。2代目が千住に移転、3代目の義政さんが工房を入谷に移して現在に至る。
 義政さんの前職は、車の修理業。妻の父が2代目で跡継ぎがいなかったことから、30年前、畑違いの世界に飛び込んだ。「車は全部決まっているが、こちらは勘。やっていて面白いのはこっち」。元々、物を作るのが好きなのだろう。
 竹という「生き物」を扱う作業は一筋縄ではいかない。九州から仕入れた青竹の篠竹は、切って天日にさらした後、狂いが出ないように何年も寝かせる。伸縮が落ち着くのに最低3年。上物になると10年、途中で割れてしまうものもあるという。夏と冬では温度の違いで音が変わるため、調整も必要だ。この辺が「勘」のきかせ所の一つになる。
 どんな注文も断らない。地方にはその祭り独自の笛があり、規格に合わないこともあるが、見本を送ってもらい忠実に再現する。「笛なら何でも作る。何とかしてやろう、と。やることによって、技術が上がっていくので」。穏やかな笑顔に笛師の自負が覗く。合う竹がなければ、「山と相談して」2年待ってもらうこともある。
 息子の敦さん(34)が、父と分担して仕事をこなし、後継者としての腕を磨く。高校卒業後に始めたが、祖父(2代目)の仕事場で遊んでいたこともあって、抵抗はなかったという。「小学生の頃、手伝うとおこずかいがもらえて、いつの間にかこの世界に入っていくように仕向けられた」と、うそぶく笑顔が頼もしい。
 義政さんがふと言った。「お祭りがある限りやっていかなきゃ。時代が我々に何かを求めている」。静かな目は、失くしてはいけないものを、しっかりと見据えているようだ。
 日本人の大切な心の拠り所。笛師の親子の確かな技と心意気が、それを陰から支えている。