足立朝日

学童集団疎開平和記念碑を建立

掲載:2020年11月5日号
 太平洋戦争末期に、米軍による空襲の激化により実施された学童の集団疎開。その記憶や記録を残そうと、足立区の疎開の体験者たちが、10月14日(水)、大谷田5丁目の区立郷土博物館に集まり、中庭に平和記念碑を建立した。
 建立したのは、「足立の学童疎開を語る会」(木嶋孝行会長)。同会は、学童疎開を経験した約30人が所属し、「学童疎開を風化させてはいけない」という思いで、学童疎開に関する資料の展示や体験を語る会、小学校への出前授業などを行ってきた。しかし、体験者の高齢化が進み、語り手も減少したため、今回、記念碑の建立となった。
 高さ約1・2m、横幅約1mの記念碑には、「平和の礎に」という体験者の強い願いの文字が刻まれた。その下に「長野県でお世話になりました」という感謝の言葉と、区内から集団疎開した26校の国民学校の校名が添えられた。
 建立に当たっては、あだちまちづくりトラスト助成と60万円の協賛金集めに東奔西走し、実現に漕ぎつけた。
 足立区では、終戦の前年の1944年(昭和19年)8月以降、26校の国民学校の3~6年生約7千人が学校単位で長野県内各地に集団疎開した。
 木嶋孝行会長(85)は「75年前に夜行列車に揺られて疎開しました。今でも、母さん恋し、空腹で眠れなかった夜、シラミ退治で親指の爪を赤く染めてしまった日々を思い出します。その待遇は過酷でした。子どもたちにこんな生活を繰り返させてはならない、という強い意志をよりどころに歩いて来ました。この記念碑を平和への強いメッセージにしたい」と話した。

建立された記念碑を囲む皆さん。碑の左は木嶋会長(相川謹之助さん撮影)