足立朝日

この本

掲載:2022年5月5日号
★「ひと」小野寺史宜著/祥伝社刊/759円(税込)
 「本屋大賞」から生まれた感動のベストセラー、そして「本の雑誌」が選ぶ2021年度文庫ベストテン第1位を獲得!
 主人公は柏木聖輔。高校生の時に交通事故で父を失い、女手ひとつで東京の大学に進ませてくれた母は、聖輔が二十歳の時に急死した。たった独りになった聖輔は、大学を中退し、ぼんやりと生きている。空腹を抱えて吸い寄せられた砂町銀座商店街の惣菜屋で所持金が55円であることに気付く。
 50円で買えるコロッケの最後の1個を、お婆さんに譲ったことから、その惣菜屋で働くことになり、聖輔の日常が回り出す。
 高校時代のバンド仲間、惣菜屋の経営者夫婦と従業員、金銭を無心する親戚、恋心を抱くクラスメート等々、登場人物のすべてが生きて目の前に存在するがごとく、会話が際立っている。物語の中に、実名の店名や場所が登場し、より臨場感を感じる。
 人々との温かな交流により、聖輔は少しずつ心を開き、人生に能動的になる。喪った父の足跡を求め、自身も調理師になることを決める。聖輔にかける人々の言葉の一言ひとことが胸に響き、読み手の心もまた再生するような気持ちになる。
 必要なのは人材ではなく「ひと」であることを理解した聖輔は、絶対に譲れないものの存在を強く意識する。聖輔が生まれて初めて口にした言葉は――。