足立朝日

これが最後のキネマ Vol.1

掲載:2010年4月20日号
 映画好きの読者諸兄の中で、上映中の作品を見ようか、やめようか悩んだ時、「仮に明日がなかったらどうする」との声を聞いたなら、どうか。「『これが最後のキネマ』としよう」と、叫ぶのではなかろうか。そこで、こんな名前のついたコラムをスタートする。
 初回は、山田洋次作品の「おとうと」。
 東京の商店街の一角にある薬局での会話がラストシーン。薬局を営む未亡人の高野吟子(吉永小百合)とその姑の絹代(加藤治子)、娘の小春(蒼井優)の3人が奥のリビングで夕食をとる場面だ。名優・加藤治子の台詞が胸を打つ。
 「あの男のことは下品で嫌いだけど、このところ顔もみないしどうしているのかな、と思うようになってさあ。生きているのか。死んでいるのか。なんてね……」――。あの男というのは主人公の丹野鉄郎(笑福亭鶴瓶)である。吟子の弟であり、親戚縁者の間でも嫌われ者。50歳をはるかに上回った高年齢の売れない旅役者だ。
 そんなある日、大阪の福祉施設から鉄郎が生き倒れになったという連絡が入る。半ば反射的に迎えに行こうとする吟子に小春は、あんな酷い叔父さんなんて放っておけばと止める。しかし、吟子は亡き小春の父親の言葉を引用して言う。
 「君(吟子)は鉄郎君を踏み台にして生きてきたようにみえる。そのように言われた時、私は弟に対して何か負い目のようなものを感じ生きてきたように思えるの」
 山田洋次監督は常々、家族にはわずらわしい人間関係が付いて回るものと、唱える。この映画に登場する人物たちは、まさにわずらわしい存在である鉄郎に戸惑いながらも付き合っている。家族とは何かが今、改めて問われている。(児島勉)

こじま・つとむ

 1955年生まれの55歳。地方紙の東京タイムズの勤務を経てフリーとなる。自ら映画の中毒患者と認めており、その処方箋はないと諦めている。