足立朝日

千住で70年以上続く竹材店 師走の風物詩・門松作り、まもなく始まる

掲載:2010年12月5日号
 今年も残り1カ月弱。もう間もなくすると、日本の年の瀬らしい光景が千住の一角で見られる。1年で一番忙しい時期を迎える黒須竹材(千住仲町2‐2)では、門松を作る昔ながらの作業が始まる。

 真っ直ぐに伸びた大量の青竹が、敷地内にずらりと立てかけられている。
 黒須竹材は70年以上続く竹の専門店。2代目の一さん(63)が妻のノリ子さん(61)、長男の大太(だいた)さん(36)とともに営む。
 門松作りは、12月10日頃から晦日の前日までの短期集中の作業。「色が変わるので、早く作れない。そこがキワモノの辛いところ」という。
 百貨店やホテルなどからの注文がほとんどで、大きいものだと、長さが4mのものもあるとか。
 作業は、バランスの良い長さに切った3本の竹を紐でしっかりと束ね、根元にムシロを巻く。竹の上部を斜めに切る「そぎ」と、真横に切る「ずん胴」の2種類あり、「そぎ」は「せん」という特別な刃物で、カーブをつけながら丁寧に削いでいく。電動ノコギリでも簡単に切れるが、「恰好が良くない」と一さん。熟練の技だ。
 松をあしらうのは、ノリ子さんの担当。センスの良さが生きる。
 一つひとつ全て丁寧な手作業なので、数は限られる。「夜なべしてやって、作れるのは70組。140個だからね。25~26日ぐらいに注文が来ても断ることがある」そうだ。
変わる竹の用途
 黒須竹材の本来の仕事は竹の販売。作るのは、門松と料理の器ぐらいという。
 一さんが父親の仕事を手伝い始めた小学生の頃は、まだ千住に都電が走っていた。当時は籠(かご)細工屋が多く、毎朝大八車の後ろを押して配達していた。「籠屋が何十軒とあって、籠屋だけで食っていけた」
 やがて竹製以外の容器が主流になり、その後は物干し竿、庭の垣根、熊手、と用途は変遷。お年玉で竹馬を買う子が多かった時代は、正月から1日30組作ったこともあった。
 竹屋は千住に何軒もあったが、今では1軒だけ。「竹は重いから持てない、跡継ぎもいないし、と言ってみんなやめちゃう」と一さん。ノリ子さんは、「これがなくなったら次はこれ、と繋がってきた。有り難いですね」と話す。
 今、年間を通して注文が多いのは、垣根や内装用。垣根用に塩化
ビニール(エンビ)で作った竹モドキもあるが、「造園業者は、エンビだと庭が死んじゃう、って言うね」。他にも生け花や祭りの笹など、日本人の生活の中に「癒し」として竹の出番は多い。
 一さんは垣根用の材料を買いにきた石屋さんに、「それに酒を入れて飲むと、いい香りがしてうまいよ」と切れ端を指して、ざっくばらんな口調で勧めていた。黒須竹材TEL3881・0284
【豆知識】
●門松を飾る時期=大晦日に飾るのは「一夜飾り」と言って神様に失礼。29日も「二重苦」なのでやめた方がいいと言われている。飾るなら28日までに。 
 片付ける日は、東京は松の内(1月7日)が一般的。地方によって小正月(1月15日)など様々。
●門松の種類=松を飾らないところもあるなど、地方によって様々。関西は葉ぼたん、南天なども植える。

写真=上/家族3人の手際良い作業で門松が次々に出来上がる。
話しかけるのもはばかられるほどの忙しさが2週間続く=昨年12月下旬撮影
写真=下/黒須一さんとノリ子さん=青竹が並ぶ事務所の前で