足立朝日

羅針盤 Vol.9

掲載:2010年12月5日号
 どこかの国の首相が、中国主席と会談する時に、ずっと顔も見ずに下を向いてメモを読んでいた、こんな大事な時に何だあの態度は、と批判されている。
 「おおい、勧進帳でやれよ。時間ないんだから!」。電話の向こうでデスクが叫んでいる。「そんなこと言われたって……」と新人記者の私はブツブツ言いながら、顔面蒼白。頭の中で「いつ、どこで、誰が、どうした……」などとモタモタやっている。小生26歳の頃の苦い思い出である。
 「勧進帳」は、ご存知歌舞伎十八番。兄頼朝に追われ山伏姿で逃げる義経一行が奥州・安宅関(あたかのせき)で怪しまれた際、同行の弁慶が何も書いていない真っ白な紙を「勧進帳」に見せかけとうとうと読み上げることで窮地を脱した、というお話。
 だから前出の「勧進帳でやる」というのは、当時原稿を書かずに電話で送稿するという、大変な難業(なんわざ)なのだが、これが出来ないと
〝本物〟ではない。
 肝心な時に、肝心なことが出来ない、あるいはしない、というのはプロとしては失格、という話である。(編集長)