足立朝日

東京足立病院 造形教室主宰 安彦 講平さん(77)

掲載:2014年1月5日号
芸術は自分を支えるための表現

 大胆な色使いの人物画、細かい紙片で描いた貼り絵、情緒溢れる日本画。造形教室の作品は芸術性が高く、豊かな感性とエネルギーに圧倒される。
 参加者たちは精神の病を抱えているが、創作の中で、コミュニケーションや自己との向き合い方を見い出だしているという。今でこそアートは癒しの治療として注目されているが、安彦さんが精神医療の現場で実践を始めたのは45年も前だ。
 岩手県出身、早稲田大学文学部芸術学科卒。30歳前半の時、友人のアルバイト先である東京足立病院に、「精神科病院の患者さんの生の声を聞こうと思って」看護助手として入った。全くの門外漢ゆえに、活動は型破り。病室を回っては、絵を描き雑談し、時には患者を外に連れ出して荒川土手で過ごす。院内の反発もあったが、患者の間で「自由なことが出来る時間」と来訪を待たれるようになり、やがて、造形部屋が設けられた。
 造形教室は全国で広がっているが、「教育やセラピーとしてのアートではない。芸術で自分自身を支えるための表現が、いろいろな人に共鳴を与えることがアート」と、安易な「癒し」の言葉を嫌う。参加者も、「治療という概念がないのがいい。そのまんまで生きられるんだよ、というのが安彦スタイル」と評する。
 根本には、夏目漱石やゴッホなどの芸術家や作家も、軋轢の中で苦しみから生み出したものが後々の世界に影響を与えているとの考えがある。芸術は人のためのものではない。小さい頃から、一人でものを作るのが自分らしい在り方だったというだけに、芸術の本質を本能で知っているのだろう。お仕着せではなく患者を導き、一人ひとりの可能性を引き出す。
 平川病院の造形教室を撮ったドキュメンタリー映画「破片のきらめき 心の杖として鏡として」が、08年、フランスの「ウズール国際アジア映画祭」で観客賞(ドキュメンタリー映画最優秀賞)を受賞、高い評価と大反響を得た。
 「病むことが現代人にとって、すごく大きいものになっている。ここでやっていることが、勇気を与えることになるのでは」。自立支援や社会復帰という、部外者が安心できる表面的な形ではない。「ポジティブに向き合っていく」。そんな地に足のついた言葉で患者に寄り添う、その眼差しは深い。
※左記の映画会で講演