足立朝日

鞄職人の最高の名誉 足立区出身の細井聡さんが受章 フランス国家最優秀職人章

掲載:2015年9月5日号
 足立区出身でパリ在住の細井聡さん(35)が、第25回フランス国家最優秀職人章(MOF)を、マロキヌリ(鞄職人)部門で受章した。これまでに日本人の受章は数えるほどしかなく、輝かしい快挙だ。

 今回は約180職種の部門で、受章者225人。鞄部門では2人が受章した。7月にはフランス大統領とのレセプションがあり、細井さんは多くの受章者とともに栄誉に浴した。
 鞄部門のお題は「ストラップが取り外しできないビジネスバッグ。かつ、スマホやパソコンの収納スペースがあるもの」。細井さんはデザインに5カ月、製作に3カ月を費やした。
 色はビジネスバッグには珍しいエメラルドグリーンをあえて選択。ライバルたちが黒、茶、グレーを使うことを見越しての戦略だ。「常に考えているのが、人と同じことをやらないようにということ。違うことをやって目立たないと、コンクールは勝てない」。素材も流行のものではなく、見本市で見つけた「グミ」という光沢のない革を使用し、独特の手触りに。デザインは美しさのこだわりだけでなく随所に機能性を重視した工夫を凝らし、くたびれにくいように手の込んだ作りになっている。「シンプルに見せかけて手間がかかっているギャップが好き」と自負する。
 細井さんはメッキ製造の大出鍍金工業所の次男として千住で生まれ、関原で育った。梅島第二小学校、第九中学校を卒業。高校時代に趣味で革のペンケースや鞄などを作り始め、卒業後、鞄会社に就職するが、「自分で自分の道を切り拓きたい。他の人がやらないやり方で鞄作りという職業を突きつめよう」と、イタリアの職業訓練校で3年間学んだ後、フランスに渡った。
 最初はデザイナー志望でエルメスを受けたが叶わず、下請け会社に入社。2年後の2006年に念願の本社入社を果たした。サンプル職人として世界に名だたるブランドの一流の工房で6年間研鑽を積み、夜遅くまで働きながら時間を捻出して応募作品に取り組んだ。「マラソンと同じ。どこかで休憩しちゃうとダメなんですよね。最後まで走りきれた人が受章するんだな、と思った」。妥協のない作品作りと達成感が、大きな自信に繋がっている。
 受章後の今年4月、エルメスをやめ、パリの老舗トランクメーカー「モアナ」に転職。アシスタントデザイナー兼サンプル職人として働いている。「職人からデザイナーになるのは特殊なアプローチ。職人だからわかるデザインができる」。だが、デザイナーと職人は全く違う職業だとも。
 「僕はあくまで職人。職人でメダルがあって、さらにデザイナーをやることによって新しい価値が生れると思う。受章を武器に、これからも鞄作りをしていきたい」。
 鞄への情熱を語ってくれた細井さん。いつか世界に「サトル ホソイ」の鞄が現れる日が来るかもしれない。
【メモ】MOFは3年に1度行われるコンクールで、フランスの職人にとって日本の人間国宝にあたる最高の名誉とされる。これまでに9000人が受章。部門は料理、宝飾品、工芸品など様々あるが、部門によっては必ずしも毎回設けられるわけではないため、部門によっては応募の機会も限られている。1974年、料理の辻静雄がフランス人以外で初めて受章。今回、日本人は細井さんの他にもう1人、刺繍部門で受章している。

写真上/8月に休暇で帰国した細井さん
中/実際の鞄の色はエメラルドグリーン。「背景の葉の色にこだわって写真を調整したら、鞄の色が変わってしまった」そうだ(写真=細井さん提供)
下/オランド大統領と細井さん(写真=細井さん提供)