
しっとりと長い秋の夜は、本の世界に浸るのに最適。そんな時、不思議でちょっと怖い物語はいかが。話の中で、見覚えのある場所に遭遇するかもしれない。
『花まんま』で昨年直木賞を受賞した花畑在住の作家、朱川湊人(しゅかわみなと)さん(43歳)の作品には、たびたび足立区が登場する。作品の舞台裏や込められた想いを、朱川さんに伺った。

大阪の下町で5歳まで過ごし、上京後、荒川区を経て足立区に移り住んだ。「道幅の広いところに住んだことがない。下町出身というのが僕の感性」と頼もしく言い切る。
作品は「ホラー」と呼ばれることが多いが、「怖い話や不思議な話は好きだけど、マニア向けというより、あくまで一般の人たちに読んでもらいたいと思って書いている。読 朱川湊人さん んで楽しいことが第一」とホラーにこだわらない。作品のイメージとは違って、朱川さんご本人は気さくで明るく話し上手。次から次へとテンポ良く、気取らないエピソードが飛び出してくる。
朱川さんが生まれたのは昭和38年。かつては身近だった不思議なものが、科学の進歩や社会の変化で失われていくのを肌で感じた世代だからこそ、不思議なものに魅かれる。小学生の時にはホームズ、江戸川乱歩、星新一に熱中した。
時代の転換期を、朱川さんは高度経済成長の象徴、大阪万博にイメージする。「あの時代から日本が切り換わった。あれを頂点に古い時代が壊され、個人の幸せを追求していく時代になった」。強い口調で「人間の中身は、昔に比べて今の方が絶対に孤独」と断言する。
昭和30年代の梅田が舞台の『わくらば日記』は、そんな時代へのオマージュでもある。不思議な能力を持つ姉と、姉を支える妹が様々な事件に関わっていくシリーズ短編は、当時を知る人のノスタルジーを掻き立てる。「お化け煙突を使いたかった。区のシンボルであり時代のシンボルでもあるので」と設定の理由を明かす。全3巻の予定で「区の歴史と絡めて、いろいろ題材を仕込んでいる」そうだ。待ち遠しいが、2巻の発行はまだ先とのこと。
最近、新分野にも挑戦。ウルトラマンメビウスの脚本を手がけ、11月と年明けに計3本が放映される。ウルトラマン世代の朱川さんとのコラボレーションをお楽しみに。
多忙を極める中、目下の悩みは運動不足とか。「忙しくなって全然動かなくなった。昨年の受賞式より確実に大きくなりました」。写真撮影の際も「顔から上ね。メタボリックなところは写さないで」と冗談で笑わせた。
入門編作品リスト
『花まんま』 『都市伝説セピア』
藝春秋刊1650円(税込) 文春文庫500円(税込)


『わくらば日記』 『水銀虫』
角川書店刊1470円(税込) 集英社刊1575円(税込)


9月発行の新刊