マラソンをしない人生は考えられない
「今日も走ってきました」。ハツラツと笑う姿は、とにかく若々しい。
まだジョギング人口の少なかった37年前に産声を上げたマラソンチーム「足立カメーズ」。大野正子さんは唯一現役の創設メンバーで、名付け親でもある。「区内で一番古いチームだと思う。速くはないし、有名じゃないけど」。始め4人だった仲間は、今は25人ほど。40代から83歳の小澤正剛さん(昨年5月号で紹介)まで、毎週9~10㎞走っている。
大野さんが走り始めたのは、38歳の時に聞いたラジオがきっかけだった。「女性の中年は38歳から。若さを持続するには運動」という言葉に「私ももう中年!?」と衝撃を受け、手軽にできるジョギングを荒川土手で始めた。最初は少ししか走れなかったが、続けるうちに徐々に距離も伸び仲間も出来た。カメーズのデビューとなった初めての大会で15㎞を完走し、女性11人中8位で「ビリじゃなかった!」。
それがうれしくて、マラソン道をまっしぐら。多い時は年間15~20大会で5~10㎞、ハーフ、フルなどに出場。毎月給料からマラソン貯金をして、海外にも数十カ所遠征した。
遠征の醍醐味は観光、そしてもう一つ、人との出会いがある。同じゴールを目指すことで、生まれる繋がりがあるのだろう。今や全国に友人がいて、メンバーには「どこに行っても知らない人はいないんじゃない?」と言われる。
「マラソンをしていなかったら、どんな人生だったろうと思う」。その言葉に得てきたものの多さ、大きさが満ちている。
100㎞マラソンも4回完走。年々タイムは遅くなっているが、72歳の時に「チャレンジ富士五湖大会」で72㎞を走りきり、「同じ年の距離のマラソンは滅多にない。気分良く終われた」と、今でも思い出深い。喜寿を迎える来年は、「東京マラソンに当たったら、祝喜寿のタスキで走る」と目を輝かせる。
夢は4年後の東京オリンピック。と言っても出場ではなく、目指すは聖火ランナー。「走っていないと選ばれないので、80歳までは何としても現役で走っていたい!」。宣言する声にしなやかな力が漲る。
★足立カメーズと走りたい人は、土日の午前6時半に荒川河川敷・虹の広場の自転車置き場付近に集合。「遅い人もいるので初心者でもOK。みんなと走ると楽しいですよ」と大野さん。
「今日も走ってきました」。ハツラツと笑う姿は、とにかく若々しい。

大野さんが走り始めたのは、38歳の時に聞いたラジオがきっかけだった。「女性の中年は38歳から。若さを持続するには運動」という言葉に「私ももう中年!?」と衝撃を受け、手軽にできるジョギングを荒川土手で始めた。最初は少ししか走れなかったが、続けるうちに徐々に距離も伸び仲間も出来た。カメーズのデビューとなった初めての大会で15㎞を完走し、女性11人中8位で「ビリじゃなかった!」。
それがうれしくて、マラソン道をまっしぐら。多い時は年間15~20大会で5~10㎞、ハーフ、フルなどに出場。毎月給料からマラソン貯金をして、海外にも数十カ所遠征した。
遠征の醍醐味は観光、そしてもう一つ、人との出会いがある。同じゴールを目指すことで、生まれる繋がりがあるのだろう。今や全国に友人がいて、メンバーには「どこに行っても知らない人はいないんじゃない?」と言われる。
「マラソンをしていなかったら、どんな人生だったろうと思う」。その言葉に得てきたものの多さ、大きさが満ちている。
100㎞マラソンも4回完走。年々タイムは遅くなっているが、72歳の時に「チャレンジ富士五湖大会」で72㎞を走りきり、「同じ年の距離のマラソンは滅多にない。気分良く終われた」と、今でも思い出深い。喜寿を迎える来年は、「東京マラソンに当たったら、祝喜寿のタスキで走る」と目を輝かせる。
夢は4年後の東京オリンピック。と言っても出場ではなく、目指すは聖火ランナー。「走っていないと選ばれないので、80歳までは何としても現役で走っていたい!」。宣言する声にしなやかな力が漲る。
★足立カメーズと走りたい人は、土日の午前6時半に荒川河川敷・虹の広場の自転車置き場付近に集合。「遅い人もいるので初心者でもOK。みんなと走ると楽しいですよ」と大野さん。