足立朝日

著述家・足立区立郷土博物館 元調査員 熊谷 明子 さん(58)

掲載:2021年5月5日号
埋もれた歴史や人物を発掘

 本紙3月5日号で、池之端画廊における野獣派昭和モダン「熊谷登久平展」を紹介したが、同氏次男・寿郎さんの妻である熊谷明子(旧姓・仲村)さんが同展の調査広報を担当。明子さんは、足立区立郷土博物館の元調査員でもある。
 実母から「昔、舎人にB29が墜ちたらしい」という話を聞き、興味をもった歴史好きの明子さんは、早速資料を求めた。しかし、B29に関して現存するのは花畑地区の資料のみで、そもそも足立区には戦争に関する資料が少なく、当時の足立区史には記載されていない事柄が数多くあることを知り、その隙間を埋めるべく調査に没頭した。
 当初は個人の活動からスタートしたが、同館係長(当時)であった大久保美智子さんからスカウトを受けるほどの高い調査能力を発揮。調査員としてあちこちをくまなく訪ね歩き、足立区に墜落したB29は3機あることを突き止めた。尾久から小台にかけて墜ちた同機搭乗員の遺族に会うためにアメリカに渡った際には、搭乗員資料を調べるうちに、荒川放水路近くが爆撃された瞬間の写真を発見。搭乗員側から撮った写真は稀有で、明子さんは驚愕のあまり譲り受け、同館に収めた。
 高射砲陣地についても当時の大隊長・連隊長らを探し当て、聞き取りを実施。何事も徹底的に調査する姿勢を崩さず、20代後半から40歳近くまで隠れていた多くの人物や物事にスポットライトを当ててきた。同館2階の「戦争コーナー」は、明子さんと仲間の「戦争の基礎資料をしらべる会」による尽力の賜物だ。
 前述の洋画家・熊谷登久平の随筆の中で、曽祖父の兄・熊谷伊助が勝海舟の友人であり、「勝が伊助を偲んだ歌碑」が、市川市の行徳にあることを知った明子さんは、その碑の案内板がいつの間にか「勝が愛した女性の碑」に変わっていることを発見! 岩手の旧家に残されていた拓本をはじめとする資料を証拠として提出することで、案内板を在るべき姿に戻すために調査員としての辣腕を振るった。
 明子さんにとっては、戦争・美術・歴史など全てが「調査」という作業の中で根底は同じ。その渾身の作業は、常に社会情勢にうまく噛み合い、戦争コーナーが小学生の学びの場となったり、学童疎開を伝える活動に繋がったりと流れが出来上がる。上司であった学芸員の多田文夫さんは、明子さんについて「20世紀の埋もれた社会の声や人の歴史を真摯に丹念に発掘するリサーチャーで、貴重なセンスをもった逸材」と評する。
 明子さんは「私がやってきたことが、子どもたちの教育の糧になることが何よりもうれしい」と目を細める。

写真/同館「戦争常設コーナー」にて