足立朝日

ミュンヘン・フィル管弦楽団 コンサートマスター 千住出身・青木尚佳さん 新しい可能性に向けて

掲載:2021年7月5日号
 弦が音を奏で始めた瞬間、まるでバイオリンが語りかけてくるような錯覚を覚える。柔らかさを増した伸びやかな音色は、さらに雄弁になったようだ。
 ドイツのミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターに就任したバイオリニスト・青木尚佳さん(29/千住出身)が、6月16日(水)・17日(木)、サントリーホールでのNHK交響楽団(以下、N響)のコンサートにソリストとしてゲスト出演、聴衆を魅了した。


 パーヴォ・ヤルヴィ指揮のもと、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏。アンコールでは独奏で応えた。
 N響は青木さんにとって顔見知りや友人の団員が多く、日本で最も親しみのある楽団。3年ぶりの共演に「ミュンヘン・フィルは大きく広がっていく音、N響は中に締まっていく音だし、揃うということでは世界一。やっぱりうまい」とうれしそうに話す。
 コロナ禍の影響で1000人以上の聴衆を前にしての演奏自体が久しぶりで、音楽を全身で共有する聴衆との一体感を満喫したようだ。
◆コロナ禍で拓いた道
 青木さんが1月からコンマスを務めるミュンヘン・フィルは、128年の歴史を持つヨーロッパ屈指のオーケストラで、総指揮はかの巨匠ワレリー・ゲルギエフ。日本人団員も複数在籍しているが、コンマスに日本人、さらに女性の就任も初めてと言われている。
 この快挙に青木さん本人は「私もびっくりしました。まったく期待していなかったので」とあっけらかんと笑う。
 19歳で英国王立音楽大学に留学。国内外の数々のコンクールで優秀な成績を収めるとともに、演奏活動も精力的に行ってきた。3年前からミュンヘンで学び、昨年7月に留学を終えて帰国する予定だったが、コロナ禍に見舞われた。
 演奏会の中止が続く状況で、帰国後にどう活動していくのか。未来のビジョンが見えない中、オーディションの情報が入った。
 「せっかくミュンヘンにいるから、最後に受けてみようかなという軽い気持ちだった。もちろん、受けるからには最終まで行きたいと思っていましたが」
 師と相談してアシスタント・コンサートマスターに応募したが、コロナ禍で延期。10月で学生ビザが切れるため、日程の合うコンマスに思い切って変更した。それが新たな未来を切り拓いた。
 オーディションに何度も挑戦している演奏家や、他楽団の現役コンマスもいると聞けば、どれほど狭き門かわかる。審査方法は団員の投票で、共にやっていきたい演奏かどうかを純粋に判断されるため、シビアだが公平だ。
 「たとえダメでも団員さんに顔を覚えてもらえる」と気負いなく臨んだことが良かったのだろう。「コロナじゃなかったら受けようとは考えなかっただろうし。逆に受けたくても受けられなかった人もいるはずなので、運は大きかった」。強運の女神も味方した。
◆日々が勉強
 1年間は試用期間となるが、ロックダウンにより4月までは月2回、5月からようやく毎週の演奏ができるようになったところだ。
 「雰囲気はとってもいい。充実しているし、毎日勉強になります。いろんな国籍、いろんな考えを持っている人もいるので、演奏以外のことで気を遣うのは大変なこともありますけど」
 コンマスの役目は、オーケストラと指揮者の架け橋だ。両者のバランスを取って演奏を仕上げることが求められる。
 「半年経って、これからは私がやりたいことを提示しないといけない。受け身ではいられない立場なので難しい」。ソリストとは違う孤独なポジションの厳しさに、向き合う日々だ。
 今回のN響との共演は、改めてコンマスとソリストの面白さを実感するものともなった。「コンマスとソリストは使うエネルギーが全く違う。ずっとソリストだったら気づかなかったこともある。留学よりもっと大きなものを学び直している感じ」と充実感をにじませる。
 音楽の他にも課題が一つ。実はオーディション時はドイツ語がほとんどできず、合格後の11月から猛勉強を始めたとか。日本語が堪能なオーストラリア人団員が毎日熱心に教えてくれたおかげで、半年でコミュニケーションに不自由しないまでに上達したそうだ。 
 「さぼったツケなので。夏休みは語学を頑張ります」。気取らない笑顔と優美な演奏とのギャップに、力強くしなやかな輝きがある。

写真上/青木尚佳さん (C)井村重人
下/青木尚佳さん 塀井村重人