足立朝日

文学座 俳優 上川路 啓志さん(40) 足立区在住

掲載:2022年3月5日号
役者は飽きることがない

 昨年は6本の舞台に立った。コロナ禍で前年からずれ込んだ公演も含むが、2008年に文学座に所属して以来、最多出演の1年となった。
 公演関係者に感染者が出れば、心血を注いで作り上げた舞台が失われる。そんな恐怖と闘う日々に「毎回、生きた心地がしない」と心境を吐露するも、マスクをつけての稽古には「慣れましたね」と笑う。
 渕一小、渕江中、淵江高校と学校は全て地元。プロフィールには鹿児島出身とあるが、実家出産によるもので「鹿児島弁も喋れないので、そろそろ変えようかな」という、ほぼ足立っ子だ。
 そんな地元のお手柄となる出来事があった。日課である2時間のウォーキング中、元渕江公園の池の中に浮いている女性を発見。真冬の水の中に入って救助し、足立消防署から表彰された(詳細は2月号)。「正義感というものじゃなくて」と謙遜するが、勇気があってこそだろう。
 もともと芝居に興味はなく、高1の時はバスケ部に所属。ところが「1日ずる休みしたら、行かなくなってしまった」。演劇部の幼なじみに頼まれて、緞帳係の助っ人をしたのを機に、居心地の良さもあっていつしか部員に。
 テレビでつかこうへいや野田秀樹の舞台を観て、惹きこまれた。「とにかく面白かった。50回以上は観たんじゃないかな」。20歳を過ぎ、「生活に演劇があったらどうだろう? ダメなら諦めよう」と半ば試す感覚で文学座の試験に挑戦。高倍率を見事に突破した。
 高校生時代に衝撃を受けた、つかの「熱海殺人事件」を昨年、ついに演じた。「プレッシャーばかりで、うれしかったのは配役された時だけ」。高校生向けの地方公演での反響の大きさは、驚きとともに新たな糧となった。
 一番充実感があるのは稽古中。「みんなの歯車がカチッとあった瞬間がうれしい」。初めて自身の手応えと演出家の評価が合致した時の喜びは、「あんなに怖い演出家が!」と、今も深く刻まれている。迷い選んだ道だが「飽きることがない。上手な役者じゃないので」。
 現在稽古中の舞台で、3月から6月までかけて九州から北海道まで回る。「自分は旅公演に育ててもらったようなもの」。毎回、違う観客を前に同じ内容を演じることで、血肉になるものは多い。
 今日も心のおもむくまま、知らない道を探して歩く。見かけた花や野鳥の名前をスマホで調べるのも楽しみの一つ。「この間、鷹がいたんですよ!」。目を輝かせて語る姿から、自分を見つめ役にひたむきに向き合う誠実さが伝わる。