足立朝日

千住旭町「家劇場」在住・主宰 緒方 彩乃さん(31)

掲載:2022年5月5日号
私のための家であり、劇場

 玄関の戸が開いて、住人の女性が帰ってくる。コートを脱ぎ電気を点けてトイレに行く――。目の前で本当に日常生活を見ているような、なんとも言えないこそばゆさから一変。ラジオの曲に合わせて洗濯物で縄跳びを始めたかと思うと、次から次へと生活感溢れる6畳間と周りの空間を隅々まで使って、しなやかに時にコミカルに踊る。
 4月に再演された「家と暮らせば」(振付・演出=中村蓉)は、緒方さんが実際に住んでいる居住空間「家劇場」で繰り広げるユニークな一人ダンス公演だ。昨年の初演は週5日、1カ月間上演。定員5人ながらリピーターも含め、累計150人が来場した。
 小学1年生から大学までクラシックバレエ、卒業の頃にコンテンポラリーダンスを始めてから様々な作品に出演し、交流も広がった。ディスプレイデザイン関係の仕事をしながら、帰宅後は自分のための表現者に変わる。「大人になって仕事として1つを選んで、他を捨てるのはもったいなかった」
 この築80年の二軒長屋に住み始めたのは4年前。5年以上空き家になっていた元駄菓子屋をNPO法人千住芸術村が再生したもので、「自分で好きなように表現できる広さ」が気に入ってコンペに参加。アートや街づくりに興味があり、自宅や事務所の一部を開放する「住み開き」の本から刺激を受けた。「仕事とは別の面の自分を大事に続けていられる暮らしができたら」と千葉県の実家を出た。
 家劇場は「家事をするように、催しをしながら暮らす。家に行く気持ちで劇場に行く、劇場に行く気持ちで家に行く。誘いやすい場所」。軽やかで柔軟な発想が、人を呼び縁を繋いでいく。
 当初は交流中心のイベントを開催していたがコロナ禍で出来なくなり、交流せずに楽しんでもらえるダンス公演を思いついた。長屋の隣人をはじめ、芸術イベントに馴染みがある地域性も後押しとなった。
 レンタルスペースとしても活用。自主制作映画の上映場所を探して来た近隣住民が、自宅でもできそうだと気づいて帰ったことが「すごくうれしかった!」と声を弾ませる。ここから「何か」を持ち帰ってもらえることも、望みの一つだ。月単位で貸し出した際には、「毎月、自分の家が全く違うものになるのが楽しかった」。変化を楽しむ笑顔に、柔軟な可能性の輝きがある。
 「まだアイデアがあるので、やれるだけ続けてみたい」。秋にもイベントを考えている。

写真/日めくりダンス公演「家と暮らせば」(C)金子愛帆