足立朝日

劇団青年座 俳優 現代語り「素の会」で朗読を20年 杉浦 悦子 さん(74) 千住在住

掲載:2022年7月5日号
朗読は耳から見る「空間芸術」

 小柄な着物姿が通路に登場した瞬間、場の空気がピリリと変わる。渋みのある凛とした第一声が響くなり、聴衆は一気に物語の世界に引き込まれた。留置場で繰り広げられる荒くれ者たちの会話と、彼らを圧する底知れぬ老人の声。臨場感溢れる情景と、登場人物たちの背負う人生が鮮やかに浮かび上がり、朗読のイメージが覆される。
 この浅田次郎作「天切り松闇がたり 闇の花道」では、10人以上を演じ分け、地の文の読み方も昭和と大正で変えている。「映画監督と同じ、背景も役者も全部決められる」。作品に描かれた「人」を突き詰め、厚みとリアリティを生み出す。
 俳優仲間たちと、様々な作品を一人語りする「素の会」を始めて20年。月1回の公演を続けてきた。コロナ禍によりYouTubeでの活動を余儀なくされていたが、5月に有客公演を再開した。
 「朗読は空間芸術の一種」とほほ笑む。表現する楽しさ、作品を解釈する面白さが醍醐味という。「何もない空間の宇宙に作家、語り手、聴き手の創造世界が広がる。皆で魔法の絨毯に乗って浮遊し、スッと降りて現実世界に戻る。聴いたというより、見た! と記憶していただけると良いかな」
 子どもへの「読み聞かせ」を、足立区では「読み語り」と称していることを、上から目線でなく素晴らしいと評価する。
 生まれも育ちも千住。家は旧日光街道近くで、昔は馬の引く荷車が「やっちゃ場」へ行くのを見た。彫刻家の父の影響で画家を目指したが、受験に失敗。映画で観た名優・加藤剛と同じ舞台に立ちたいと、江北高校から桐朋学園大学へ進み演劇の道へ。2年で共演の夢が叶ってしまい、より魅力を感じた能を学ぶ。
 大河ドラマ「黄金の日々」の巫女役のほか様々な作品に出演したが、「能の稽古で集中力が付き過ぎて、普通の役が来なかった」。密度の高い存在感ゆえだ。
 30代でテレビ番組の構成作家に転身するも、代役出演を機に再び演じる側に。「構成作家をやっていたらお金持ちになっていたのに」と笑う。55歳で自らカルチャースクールに売り込んで始めた朗読講座が、今につながる。
 紆余曲折を経て、自ら道を切り開いてきた佇まいは毅然として力強い。「楽しくないと人って文句言っちゃうんですよ。自分が楽しいことを見つけることが大事」
※朗読はYouTube「素の会」で検索。「耳なし芳一」は暑い夏に必聴。次回公演は7月10日(日)午後3時。詳細は「素の会」公式Twitterで。