足立朝日

この本

掲載:2022年11月5日号
★「百花」川村元気著/文藝春秋刊/803円(税込)
 レコード会社に勤め、同僚の香織と結婚した葛西泉は、独居の母・百合子がアルツハイマーであることを知る。母の病状は次第に悪化し、行方不明になるたびに泉は探し回るが、それは自身の記憶と向き合う行動でもあった。泉もまた、よく迷子になったが、それは父親を知らない自分が母に出す「僕を探して」というサインであったことを思い出す。
 妊娠中の香織は、義母との同居を模索するが、泉は母をグループホームに送ることを決断。実家を整理中に、母の日記を読んだ泉は、中学時代の1年間、母から捨てられた理由を初めて知る――。
 物語は、アルツハイマーの凄まじい意識の混濁と同時に進むが、「記憶を失うこと」の中に百合子が大切にしていたものの断片が、確かに存在する。泉は自分が忘れていたことの多くを、母の言動から思い出し、母の行方不明もまた「私を探して」のサインであるかもしれないと感じる。
 登場人物が発する「人間は体じゃなくて記憶でできているということ?」「失っていくということが、大人になることなのかもしれない」などの言葉が、心に染み入る。
 シングルマザーとして生きた百合子と、それに寄り添った泉の軌跡は、著者自らが監督した映画「百花」として現在公開中。菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみらが同書の世界観を熱く演じ、私たちの記憶をも引き出してくれる。