足立朝日

古書みつけノンフィクション賞受賞 「気がつけば生保レディで地獄見た。」 忍足 みかん さん 足立区出身

掲載:2023年6月5日号
人と違うことは悪くない

 営業ノルマに追いつめられて電車に飛び込もうとした瞬間、天啓のように降ってきたのは「自殺……って死亡保険金出たっけ?」。衝撃的なプロローグから始まる生保業界の裏側は、予想以上に凄まじい。ブラックな内情のはずがコミカルにつづられていて、楽しく一気に読めてしまう。
 「気がつけば生保レディで地獄見た。」は、浅草橋の古書店「古書みつけ」による第1回「気がつけば○○ノンフィクション賞」を受賞し発刊。スポンサーが絡む大手メディアの扱いにくいテーマが注目を集めたこともあり、発売から2週間で重版がかかった。「出版前は批判が来ると思っていた。それが、元同期からもいい反応ばかり。会社を変えたいと思っていたので、一石投じられたかな」と気負わず話す。
 エッセイを軽やかにしているのは、リズミカルでテンポの良さ。極意は「落語を参考に、こういう表現にしたら面白いだろうな、と」。一昔前の漫画やアニメの語句が散りばめられているのもスパイスだ。ドラマ「3年B組金八先生」が大好きで毎日観ていると聞くと、平成生まれとは思えない。
 中学から大学まで文芸部に所属。短編小説も書いていたが「小説は登場人物に感情移入し過ぎてエネルギーを使うから向かない」。感受性の豊かさゆえだろう。
 デビュー作「#スマホの奴隷をやめたくて」(文芸社刊)は、ガラケー好きを新聞に投書し、反響を得たことから執筆。「人と違うことをイケナイことと思っているけど、そうじゃない」。そんな思いを込めた。生保営業の合間に持ち込んだ出版社は50社。スマホ中毒の実態と脱するまでの四苦八苦は迫真で、巻末の「スマホの奴隷をやめる14の法則」は必見だ。
 LGBTQも公言している。子どもの頃から男女両方のアイドルに魅力を感じ、心身の性が異なる人も恋愛対象。「生保レディ」では、パンセクシャルと自認するまでが語られている。
 「人と違っているな、ということが結構あった人生なので、違っている、変わっていることを表現することによって、誰かを救ったりできる」。今後は漫画の原作や短歌などでも、多様性を発信していきたいという。
 ペンネームの由来は「エッセイストはフルーツかなと思って」。さくらももこ、吉本ばななを挙げ「みかんが空いていたので」と笑う。そんなところにも個性が光る。

写真/「古書みつけ」で日替わり店長中