足立朝日

この本

掲載:2024年2月5日号
①「気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語」畑江ちか子著/古書みつけ/1650円(税込)
 もし家族が、自分が認知症になったら、どうなるのだろう――。誰でもそんな心配をしたことが一度はあるだろう。
 食べた物を吹きつけてくるキヨエさん、癒しのヒメコさん、入れ歯を外したがる田代さんとの攻防、ソリの合わない高齢男性2人のバトル……。
 認知症グループホームは、毎日がスリリングだ。「入職する前は排泄の介助が一番怖かった」という著者が、水分で重くなった尿とりパッドや便を見て「やったー!」とうれしくなるまでには、紆余曲折の涙あり笑いあり。乙女ゲームのキャラへの「推し活」で気持ちを奮い立たせながら、ひとクセある先輩や後輩の職員とともに介護に従事する日々を明るくコミカルに、愛しさを込めて描いたノンフィクションだ。
 足立区在住の伊勢新九朗さんが営む古書みつけは、昨年異例の古書店による「気がつけば○○ノンフィクション賞」を企画、大賞作「気がつけば生保レディで地獄みた。」(忍足みかん著)を出版し話題となった。シリーズ第2弾の今作「気が付けば認知症の~」は、その応募作166点のうちの1作。
 奮闘を綴る軽やかで率直な文章からは、責任感の強さと優しさが滲む。介護施設の工夫や専門用語、入所家族への現場の切実な願いが伝わる。職員たちの仕事ぶりと、それをスムーズにこなすための騙しのテクニックには拍手を贈りたくなる。
 「夕暮れ症候群」という言葉が出てくる。記憶が混乱し昔の自宅に帰ろうとする状態を呼ぶそうだが、「なんとも切なく、胸が締めつけられるネーミングだ」と綴る著者の思いが切ない。
 今の介護の考え方について、こんな一文がある。「『できなくなってしまった』ことに注目するのではなく、『その人が今できること』を探り維持してゆく」。介護に限らず、困難にぶち当たった時には、思い出すといいかもしれない。「どんなに辛くとも、推し(乙女ゲームのキャラクター)は、私に『愛している』と言ってくれる」。著者にならって、推しからパワーをもらうことも忘れずに。
②「56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました」中本裕己著/ワニ・プラス刊/1540円(税込)
 著者は当時、産経新聞社夕刊フジ編集長、56歳。専門学校で映像を教えている妻の本業は、クラブやライブ会場で、DJブース後ろのスクリーンに映像を流すVJ(ビジュアルジョッキー)で、当時45歳。まさに社会の第一線で活躍中の2人にコウノトリが訪れるが、高齢出産は、母子ともに厳しく苦しい試練の連続であった。その軌跡を、著者が新聞記者・編集長ならではの感性と考察力・洞察力で克明に記したこのドキュメンタリーは、緊迫感の中にもユーモアがあり、その筆致の見事さに感嘆する。「胎児の染色体異常を調べる検査を受けない」という強い意志をもって出産に臨む選択をした妻は、不幸にも流行性耳下腺炎(おたふく風邪)に感染し、ウィルスが心臓に飛び劇症型心筋炎を発症。母子の命を救うため、日本医科大学付属病院から、より体制が整った東京大学医学部附属病院へ転院した。急激な悪化により、生死をさまよいながら緊急帝王切開で出産。赤ちゃんもまた、必死に生きようとしていて、命がけの母と子の姿に心を打たれる。
 コロナ禍という逆境の中で、両病院の医師・看護師らの対応が的確・迅速かつハートフルで、尊敬の念を抱く。特に不可能を可能にした「母子対面」は感動的で、思わず胸が熱くなる。
 現在、中本一家は綾瀬に住み、夫妻は子育てを謳歌中。緑と水に恵まれたその地で、家族が健康で心豊かに過ごせることを心から願う。