足立朝日

幕末の足立区を題材にした小説「紅紫の館」著者 小説家 穂高 健一さん(82) 葛飾区在住

掲載:2025年12月5日号
歴史は世界の視点から見る

 足立区の小右衛門新田(現在の中央本町・梅島付近)に屋敷を構えていた郷士・日比谷健次郎を描いた「紅紫の館 郷士・日比谷健次郎の幕末」(未知谷刊)。日比谷家に伝わる古今雛や鎧兜など数々の資料から導き出された物語は、事実と思わせる説得力に満ちている。
 随所に織り込まれた史実の描写の中で、農民を労わりつつ隠密御用として活躍する健次郎の実直で頼もしい人柄に、著者の歴史への真摯な眼差しがある。
 歴史に大きく関わる大胆な場面は「推論で書いたが、後からいろいろつながって合点がいった。ほぼ真実だろうと思う」と自負する。
 日本ペンクラブ会報委員。数々の文学賞を受賞し、北千住のカルチャースクールで「文学賞を目指す小説講座」の講師を務めている。
 元々は純文学を書いていたが、ミステリ小説を経て坂本龍馬を題材にした連載を手がけたのを機に、「歴史小説が向いていると気づいた」。下地には中学時代に貸本屋で歴史小説を読み漁り、年号をそらんじられるほどだったことがある。
 「歴史小説は仮説を立てて裏を取っていくので、ミステリと似ている。常に通説を疑ってかかる。疑問から入る」。そのスタンスにより独自の切り口を確立。歴史の謎を見極めるには「お金の流れを考えること。それを追っていくと仮説が立ちやすい。人の思惑を考えるから掴めないのであって、大きなことには必ずお金が動く」。目からウロコの視点だ。
 数年前から、小説の題材は近現代史に移った。世の様々な作品に接し「世界の動きを見ていない。世界の側からの視点がなく、日本の中の日本史しか書かれていない。先の戦争の原因は経済封鎖だけではない。太平洋戦争の記憶の連続を、どう保つか」との危機感がある。「幕末も列強の国々と日本という視点で書いた。そこが僕の小説が特殊なところ」
 今年6月の最新刊「八月十日よ、永遠なれ」(南々社刊)は、修学旅行で広島の似島を訪れた引率の女性教師と生徒たちが、戦争の記録と史跡に触れ、日本が戦争にどのように向かっていったかを学んでいく。物語の根底に、広島出身の穂高さんの怒りが確かにある。青春小説の形を取ったのは、近現代史を学んでいない若者に読んでほしいとの思いからだ。
 戦後80年間、平和が保たれてきた大切さへの思いを込め、安保法制についての新作を書き終えたところだが、「ここへきて高市総理の発言で、結末が困ったことになってしまった」と嘆く。穏やかな表情の中に、世代としてのゆるぎない意思が静かに燃えている。