花畑川の散策路の一部が4月2日に開通した。雪見橋から富士見歩道橋までの区間。また、富士見歩道橋の架け替え工事が、4月から始まっている。

●河津桜を植樹
完成した散策路の幅は8m。水面幅が33mから17mに狭まり、景観が大きく変わった。散策路の道路側は緑地で河津桜の並木、川側が舗装された遊歩道で、車椅子
でも通れるゆとりある広さになっている。自転車置き場も設置されているため、近隣だけでなく周辺地域から自転車で訪れて、川面を眺めながらゆったりと散策を楽しめそうだ。
河津桜は昨年4月~8月、区が寄附を募って植樹したもの。寄附者(個人・企業)の名前とメッセージが記された記念板が、雪見橋と富士見歩道橋付近にそれぞれ設置されている。成長すれば花の時期に楽しめるだけでなく、緑の季節には木陰によって地表の温度上昇を抑える役割がある。
これまでは川岸のコンクリートの壁によって川が道路から見えにくく、また護岸の一部が老朽化していたことから整備を計画。区と地域住民による「花畑川を考える会」を設置し、周辺住民の憩いの場、地域交流の場となるよう、検討が続けられてきた。
全体の整備区間は、神明南1丁目16番~六木3丁目8番先の約1・4㎞。それを4区間に分け、10年程度をかけて整備をする予定という。
●花畑川は運河
花畑川は昭和6(1931)年、綾瀬川と中川を東西に結ぶ運河として誕生。約1400m、幅33m。荒川放水路の建設が明治44年から始まり、水運が中心だった当時、中川の舟の渋滞が予想されたことから新たに開削された。大正8年に制定された「都市計画法」によって決定されたもので、計画竣工した全国7つの運河のう
ち、新規開削で通水した運河は、この「花畑運河」のみ。
「全国的に見ても、数少ない歴史的資源」と話すのは、NPO法人エコロジー夢企画の三井元子代表。花畑運河は緩やかな斜めの護岸が特徴で、干満の差によって水面幅が変化する。その水面の広さを利用して、多くの船が花畑運河経由で中川~綾瀬川~隅田川を航行。埼玉の農村で作られた農産物を運搬し、農家で使う人糞肥料を積んで帰った。下肥運搬船を動かす際には、岸から人がロープで曳いたり、舟上から川底を竿で突いて押す方法があったという。
当時をしのぶ斜めの護岸は、今も一部で見られる。「堀割りではなく、新しく開削した形がそのまま残っているのは、花畑運河だけ」と三井さん。それだけに、今回の川幅の変更を残念がる。
広い水面幅はボートがUターンできることから、エコ夢では2022年に花畑運河開削90周年記念として様々なイベントを企画。花畑川と綾瀬川に隣接する第十三中の生徒たちと、Eボート体験や魚の調査、歴史的価値を考えるセミナーなどを行ってきた。
「地域に住んでいても、川に入ったことのある人はほとんどいないんですよ。船上から川を体験すると、気持ちいいねと言ってくれます。足立区は川が6本も流れている。もっと川のことを知ってほしい」
花畑小学校創立70周年記念のPTA双書「花畑の歴史と民俗」(小室裕充・光安伸夫著/昭和43年発行)に、こんなエピソードがある。花畑は景色が美しく観光地として期待されていたことから「運河に掛けられた3つの橋は宣伝もかねて、その名も美しく、月見、雪見、花見と名づけられました」(エコロジー夢企画・2022年11月発行/花畑運河開削90周年記念「花畑運河の今昔―荒川放水路の歴史・産業遺産―」に掲載)。
花畑川が、地域にとってどのような資源に変化していくのか見守りたい。
写真上から①ゆとりある散策路(写真提供=足立区道路整備課)
②上から見た花畑川
③今も残る混凝土張護岸。引き潮の時間帯に見られる(写真提供=三井元子さん)
④エコロジー夢企画の三井さん

●河津桜を植樹
完成した散策路の幅は8m。水面幅が33mから17mに狭まり、景観が大きく変わった。散策路の道路側は緑地で河津桜の並木、川側が舗装された遊歩道で、車椅子
でも通れるゆとりある広さになっている。自転車置き場も設置されているため、近隣だけでなく周辺地域から自転車で訪れて、川面を眺めながらゆったりと散策を楽しめそうだ。河津桜は昨年4月~8月、区が寄附を募って植樹したもの。寄附者(個人・企業)の名前とメッセージが記された記念板が、雪見橋と富士見歩道橋付近にそれぞれ設置されている。成長すれば花の時期に楽しめるだけでなく、緑の季節には木陰によって地表の温度上昇を抑える役割がある。
これまでは川岸のコンクリートの壁によって川が道路から見えにくく、また護岸の一部が老朽化していたことから整備を計画。区と地域住民による「花畑川を考える会」を設置し、周辺住民の憩いの場、地域交流の場となるよう、検討が続けられてきた。全体の整備区間は、神明南1丁目16番~六木3丁目8番先の約1・4㎞。それを4区間に分け、10年程度をかけて整備をする予定という。
●花畑川は運河
花畑川は昭和6(1931)年、綾瀬川と中川を東西に結ぶ運河として誕生。約1400m、幅33m。荒川放水路の建設が明治44年から始まり、水運が中心だった当時、中川の舟の渋滞が予想されたことから新たに開削された。大正8年に制定された「都市計画法」によって決定されたもので、計画竣工した全国7つの運河のう
ち、新規開削で通水した運河は、この「花畑運河」のみ。「全国的に見ても、数少ない歴史的資源」と話すのは、NPO法人エコロジー夢企画の三井元子代表。花畑運河は緩やかな斜めの護岸が特徴で、干満の差によって水面幅が変化する。その水面の広さを利用して、多くの船が花畑運河経由で中川~綾瀬川~隅田川を航行。埼玉の農村で作られた農産物を運搬し、農家で使う人糞肥料を積んで帰った。下肥運搬船を動かす際には、岸から人がロープで曳いたり、舟上から川底を竿で突いて押す方法があったという。
当時をしのぶ斜めの護岸は、今も一部で見られる。「堀割りではなく、新しく開削した形がそのまま残っているのは、花畑運河だけ」と三井さん。それだけに、今回の川幅の変更を残念がる。
広い水面幅はボートがUターンできることから、エコ夢では2022年に花畑運河開削90周年記念として様々なイベントを企画。花畑川と綾瀬川に隣接する第十三中の生徒たちと、Eボート体験や魚の調査、歴史的価値を考えるセミナーなどを行ってきた。
「地域に住んでいても、川に入ったことのある人はほとんどいないんですよ。船上から川を体験すると、気持ちいいねと言ってくれます。足立区は川が6本も流れている。もっと川のことを知ってほしい」花畑小学校創立70周年記念のPTA双書「花畑の歴史と民俗」(小室裕充・光安伸夫著/昭和43年発行)に、こんなエピソードがある。花畑は景色が美しく観光地として期待されていたことから「運河に掛けられた3つの橋は宣伝もかねて、その名も美しく、月見、雪見、花見と名づけられました」(エコロジー夢企画・2022年11月発行/花畑運河開削90周年記念「花畑運河の今昔―荒川放水路の歴史・産業遺産―」に掲載)。
花畑川が、地域にとってどのような資源に変化していくのか見守りたい。
写真上から①ゆとりある散策路(写真提供=足立区道路整備課)
②上から見た花畑川
③今も残る混凝土張護岸。引き潮の時間帯に見られる(写真提供=三井元子さん)
④エコロジー夢企画の三井さん











