朱塗りの山門から「赤門寺」の別名で親しまれている勝専寺(千住2-11)で、秘仏「千手観音立像」(木造/足立区登録有形文化財)を写した「御前立」が7月15日(水)・16日(木)に公開される。
千手観音像は嘉暦2(1327)年、新井図書政次によって荒川 (現在の隅田川)から引き上げられ、千住の地名の由来の一つと言われている。
御前立とは秘仏などの身代わりとして礼拝用に安置される仏像のこと。彫刻家・薮内佐斗司氏(元東京藝術大学教授)が復元制作したもので、区郷土博物館の「文化遺産調査特別展 千住宿400年」(昨年10月21日~今年1月11日)で初公開された。
勝専寺は「閻魔さま」の寺としても知られ、境内の閻魔堂に安置されている1789年開眼の閻魔王坐像(足立区登録有形文化財)は、朱塗りで180㎝と大きく迫力。毎年1月15・16日、7月15・16日に「閻魔開き」が行われ、縁日でにぎわう。
今回「千手観音像御前立」が公開されるのは本堂外陣で、
本堂正面外から拝観できる(本堂への登壇は不可)。公開時間は午前10時~午後7時。
【メモ】勝専寺は浄土宗の寺院で、文応元年(1260)に開山。江戸時代には2代将軍・徳川秀忠が鷹狩りの休息所として、3代・家光が境内の茶屋に立ち寄るなど利用。5代・家綱の日光道中の際には仮御殿が造営されたという。
山門の「三宮神山」の扁額(足立区登録有形文化財)は、明治12年(1879)の明治天皇の巡幸を記念して掲額されたもの。現在の本堂は明治39年(1906)に建立。インドの寺院を模し、洪水など天災に備えて、コンクリートを主体に側面に赤レンガをはめたといわれている(参考:あだち観光ネット)。
写真上/千手観音像 御前立(写真は郷土博物館提供)
下/閻魔王坐像
千手観音像は嘉暦2(1327)年、新井図書政次によって荒川 (現在の隅田川)から引き上げられ、千住の地名の由来の一つと言われている。御前立とは秘仏などの身代わりとして礼拝用に安置される仏像のこと。彫刻家・薮内佐斗司氏(元東京藝術大学教授)が復元制作したもので、区郷土博物館の「文化遺産調査特別展 千住宿400年」(昨年10月21日~今年1月11日)で初公開された。
勝専寺は「閻魔さま」の寺としても知られ、境内の閻魔堂に安置されている1789年開眼の閻魔王坐像(足立区登録有形文化財)は、朱塗りで180㎝と大きく迫力。毎年1月15・16日、7月15・16日に「閻魔開き」が行われ、縁日でにぎわう。
今回「千手観音像御前立」が公開されるのは本堂外陣で、
本堂正面外から拝観できる(本堂への登壇は不可)。公開時間は午前10時~午後7時。【メモ】勝専寺は浄土宗の寺院で、文応元年(1260)に開山。江戸時代には2代将軍・徳川秀忠が鷹狩りの休息所として、3代・家光が境内の茶屋に立ち寄るなど利用。5代・家綱の日光道中の際には仮御殿が造営されたという。
山門の「三宮神山」の扁額(足立区登録有形文化財)は、明治12年(1879)の明治天皇の巡幸を記念して掲額されたもの。現在の本堂は明治39年(1906)に建立。インドの寺院を模し、洪水など天災に備えて、コンクリートを主体に側面に赤レンガをはめたといわれている(参考:あだち観光ネット)。
写真上/千手観音像 御前立(写真は郷土博物館提供)
下/閻魔王坐像











