足立朝日

掲載:2011年11月5日号
堀之内1‐7‐4

 今回は、堀之内の鎮守である「堀之内氷川神社」を紹介。同社は、首都高下を走る土手下通りに面し、真言宗のお寺・不動院と日本有数の顔料メーカー大日精化㈱に挟まれた場所にある。 (さらに…)
掲載:2011年10月5日号
綾瀬2‐23‐14

 ご祭神は菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)、宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。創建は室町時代の永正元年(1504)。例祭日は10月1日(本祭りは4年毎、昨年が本祭り。次は平成26年)。古くは「天神社」と呼ばれていたが、「稲荷社」と合祀(ごうし)した際に「北野神社」と名称を変え、今に至る。 (さらに…)
掲載:2011年9月5日号
栗原2‐1‐19

ご祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)、誉田別命(ホンダワケノミコト)、天照大神(アマテラスオオミカミ)。創建は明らかではないが、神社の宝物から察するに天正2(1574)年以前ではないかと考えられている。 (さらに…)
掲載:2011年8月5日号
花畑5‐10
 ご祭神は木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)。創建は不詳だが、鳥居の年代や伝承から明治初年頃と考えられている。当時、この地域は見渡す限り田んぼ(野良)であったことから「野良浅間」とも呼ばれている神社だ。 (さらに…)
掲載:2011年7月5日号
谷在家2‐16‐17
  ご祭神は磐筒男命(イワツツオノミコト)、赤城姫命(アカギヒメノミコト)。創建は明らかではないが、宝永年中(1704~1710年)に谷在家の草分けの家と称される浅香家が、その屋敷神の土地を寄進、村の鎮守としたと伝えられている。 (さらに…)
掲載:2011年6月5日号
佐野1‐14‐15
 ご祭神は宇迦之御魂命(ウカノミタマノミコト)。佐野新田を開拓した人々が、京都の伏見稲荷神社から佐野に勧請したと伝えられている。
 同社は中川に面していて、堤から降りて鳥居・拝殿へ向かうという珍しい形で建っている。なぜか? 実は以前は河川敷に建っていた。しかし、1896(明治29)年の台風被害で東京の多くの家屋が浸水。それを受け、河川敷内の建物を禁止する河川法が制定。同社も移動することになり、1921(大正10)年に佐野家と柴田家が今の土地を提供して遷宮した。 (さらに…)
掲載:2011年4月20日号
扇2‐9‐3
 ご祭神は大山津見命(オオヤマツミノミコト)。創建は慶長年間(1596~1614年)。
 小田原北條氏の元家臣だった阿出川権左衛門知康が、この地に来て本木村の太田(おおだ)を開拓した時、崇敬していた三嶋大明神を勧請(かんじょう)したと言われている。同社は、太田と東高野(扇2、3丁目の一部)の人々の鎮守として祀られてきた。 (さらに…)
掲載:2011年3月20日号
竹の塚6‐12‐1
 竹の塚東口商店街(竹の塚一番街)の一角にある神社。創建は天元年間(978~983年)。伊勢神宮より祭神の神霊を分けたものを移し鎮座した。例祭日は9月17日(大祭は5年に一度、昨秋大祭、次は平成27年)。2月17日に春祭祈年祭、11月23日に新嘗祭(になめさい)などが行われる。 (さらに…)
掲載:2011年2月20日号
梅田6-28-8
 今回紹介する「佐竹稲荷神社」は、普通の神社とは違う。この場所は江戸時代の秋田藩主だった佐竹氏の抱屋敷(※かかえやしき)があった所で、その屋敷の鬼門除(よ)けに、江戸時代の1797(寛政9)年に神社をお祭りした。現在は、屋敷守をしていた三谷家が神社をお守りしている。 (さらに…)
掲載:2011年1月20日号
青井1‐16‐13
 今回は、区内で唯一の「愛宕神社」を紹介。京都市の愛宕山山頂に総本社がある。御祭神は、火産霊命(ホムスビノミコト)=火の神様・エネルギーの源の火を司る産業技術の神様、罔象女命(ミズハノメノミコト)=水の神様・農業や商業を司る神様、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。 (さらに…)